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「コトづくり」を重視し、再生医療の早期実装化に取り組む
大阪大学大学院工学研究科 生物工学専攻・紀ノ岡正博教授に聞く
ノバ・バイオメディカル
再生医療・組織工学領域で細胞・組織製品の製造にかかわる技術構築の第一人者の一人で、新たな概念である「細胞製造性」を提唱し、再生医療の普及に向けて研究活動に邁進している大阪大学大学院工学研究科 生物工学専攻の紀ノ岡正博教授。再生医療の根幹技術である「細胞を育む細胞製造」の学問構築と社会実装のため、2016年に同大学の研究組織として立ち上がった「細胞製造コトづくり拠点」の拠点長も兼務している。不安定な細胞製造を安定させつつ、簡易・安全・安価なプロセスで簡単に製造を追求している紀ノ岡教授に話を聞いた。
■ヒトiPS細胞の高密度培養に成功
培地成分の分析は培養効率化のヒントの1つ
紀ノ岡研究室では、再生医療の実用化に向けてヒトiPS未分化維持大量培養の効率化のため、細胞挙動の観点から培養ツール、手法の開発に着手し、「細胞集塊分割培養」によって効率的にヒトiPS細胞を大量培養することに成功している。ヒトiPS細胞の培養過程において、集塊あたりの初期細胞数が多すぎると、集塊径の増大によって集塊内部への栄養や酸素の供給が乏しくなり、細胞の増殖速度が低下し、細胞死が引き起こされるため、定期的に集塊を崩す必要がある。
そこで、紀ノ岡教授は集塊を適度な大きさに分割し、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンを添加することで、大きな集塊を小さく分割させ、高密度培養を可能とした(図※)。培養過程で培地成分の枯渇や老廃物が蓄積することで、増殖速度が低下してしまう。特にヒトiPS細胞は乳酸阻害を受けやすく、乳酸1g/Lの濃度で毒性を発現してしまうという。そこで、透析操作によって老廃物を除去するとともに、枯渇したグルコースなどを添加することで培養液の最適化を図っている。※Nath, S. C. et al.: Biotechnol. Bioeng., doi: 10.1002/bit.26526 (2017).
「培地交換をどのタイミングで行うべきかが重要ですが、培地交換に伴う操作は、非常に煩雑かつ培地は高価なので、何回も交換することはできません。しかし、培地の成分分析を行うと指標が特定できます。細胞培養の培地成分を調べることで、細胞培養の効率を向上させ、生産性を改善したいと多くの研究者は考えます。しかし私はそうではなく、『いつもどおりに細胞を増やしたい』という視点から、いつもと違うことが起きていないかをチェックし、ダメな結果ならいち早く察知し、その培養をストップする早期判断のために、培地成分分析を行っています。それはコスト削減にもつながります。培地成分分析は逸脱管理のツールの1つです」と紀ノ岡教授は語る。
■再生医療の産業化に向けて「細胞を培地成分から知ることが重要」
細胞培養環境分析装置「FLEX2」は効率的な細胞培養のモニタリングに非常に有効
紀ノ岡研究室では、ノバ・バイオメディカルのメンテナンスフリーセンサーカード式細胞培養環境自動分析装置「BioProfile FLEX2」を採用し、培地の状態確認に使用している。FLEX2は、画期的なMicroSensor カード技術™と光学測定、凝固点浸透圧法を組み合わせており、グルコースや㏗、合計細胞・生存細胞密度、生存率、細胞直径、浸透圧など最大16項目の同時測定が可能である。
「私は2005年から、ノバ・バイオメディカル社の細胞培養環境自動分析装置を使用して研究をしていますが、FLEX2を使って驚いたのが、前処理が不要で、培地を少量打つだけで測定可能だということでした。メンテナンスフリーなので、誰でも操作でき、装置訓練をしなくてもデータが簡単に取得・解析できるので、時間が勝負の研究者にとっては非常に便利です」(紀ノ岡教授)。
FLEX2では、必要サンプル量は275μLで、検査時間は最長4.5分、最短で2分を実現している。96ウェルプレート、シリンジまたは24ポジションのロード&ゴーサンプルトレイの自動化サンプリングにより、ワークフローの柔軟性と細胞培養モニタリングの効率性を最大化するという。
「FLEX2は300μL弱で分析が可能で、培地が1ccあれば何回でも測定できるので、冷凍庫のスペースを考えると少量サンプルで測定可能なのはありがたいです。自動サンプリング機能が備わっているので、培地交換の際に、培地の状態を分析することも可能で、時間推移をモニタリングすることもできます。将来的に大量培養に移行した際に、培地成分のトレンドを見て、細胞培養の状態予測も可能になると思います。細胞製造では、生きた細胞であるがゆえに想定外の品質のバラツキである『内なる乱れ』が生じることがあります。平面培養で細胞の「顔色」を見て、喜んでいるのか悲しんでいるのかを培地成分から知るという面からも分析装置の役割は大きいです」(紀ノ岡教授)。
■「コトづくり」(ヒト・モノ・ルールづくり)を重視
効率的な培養細胞は再生医療の実用化にもつながる
紀ノ岡教授が拠点長を務める「細胞製造コトづくり拠点」は、2016年に大阪大学工学研究科連携型融合研究組織として誕生し、2021年にテクノアリーナ最先端研究拠点に採択されて本格的に活動をスタートさせた。
紀ノ岡教授は、工学的観点と生物学的観点を理解し、橋渡しした工程による細胞製造に対する可能性(つくりやすさ)」をあらわす細胞製造性という新たな概念を提唱し、その設計である細胞製造性設計を、顧客に対する安心と製品品質に対する安定を得つつ、製造所内外で簡易・安全・安価なプロセスでいかに簡単に製造するかを考える細胞製品の製造設計と定義している。安定は、ヒトと技術により実現され、安心は規制下で得られることから、同拠点では「ヒト・モノ・ルールづくり」からなる「コトづくり」の重要性を認識しながら、産官連携によるガイドライン構築や社会人リカレント教育を通じて、再生医療の社会実装に向けて頭脳集団形成を進めているという。2023年10月からは、同大学吹田キャンパス内において、細胞製造コトづくり講座である細胞製造設計コースおよび細胞加工設計コースをハイブリッド形式で開催する予定である。
「細胞を育むことを技術の幹とする細胞製造において、学問進捗が未熟で、学問構築と社会実装が同時進行させる必要があり、人・情報・技術分野をつなぐ仕組みによるセンス良い拠点形成が不可欠です。良い拠点形成には、1人ではできないことを意識し、良いお節介ができる環境づくりが大切です。良いお節介とはとは何かを問いながら、産官学民が協力してエコシステムを形成することで、新技術の産業化活動を進めていきます。再生医療の実用化を患者さんが待っています。低コストも考慮して、いかに届けるかを考えて活動していきます」と紀ノ岡教授は意気込みを語った。
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