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動物細胞で次世代バイオ医薬品生産を実現
大阪大学大学院 工学研究科 生物工学専攻・大政健史教授に聞く
ノバ・バイオメディカル
動物細胞を用いたバイオ医薬品生産分野の第一人者である大阪大学大学院工学研究科 生物工学専攻の大政健史教授。バイオ医薬品は、その製造工程で「生きた細胞」による生物反応を用いるため、生物そのものの性質である不確定性、不均一性、特異性、培地成分などの環境因子に大きく影響を受ける。細胞培養は時間経過とともに常に反応が進んでいるため、動いている状態のデータを取得して次のオペレーションを考えることが重要である。
現在、遺伝子組換えCHO細胞を用いた次世代バイオ医薬品の製造技術の確立を目指して研究に取り組んでいる大政教授に話を聞いた。
■地道なアプローチでCHO細胞プロセスを解明
近年、バイオ医薬品分野でも特に注目されている抗体医薬。抗体医薬を遺伝子組換えによって生産する場合、複雑なドメイン構造や糖鎖の翻訳後修飾のため、大腸菌などでの生産は困難がつきまとう。そこで、宿主動物細胞培養株としてチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞が汎用されており、その培養方法や培地改良によって、当初は十数mg/L程度の生産濃度であったものが、現在は最大10g/Lでの生産が可能となり、それに伴いコストダウンも実現されたという。
「CHO細胞を用いた生産技術は実用化されていますが、十分に完成されている技術とはいえません。同じ宿主CHO細胞に同じ発現ベクターを導入しても、得られる細胞のキャラクタリゼーションはさまざまなものとなり、それぞれの培養条件、スケールアップ条件が必要となります。CHO細胞を用いて分泌された糖タンパク質分子自身を対象とした解析や評価は進んでいますが、生産プロセスとしての細胞と培養系解析が十分行われていないことが背景にあります。複雑な高等生物から構築されたCHO細胞の細胞株を用いる生産系そのものの解明はまだまだなされておらず、この解明と制御が必要です。また、製造プロセスは細胞株構築から培養、精製、レギュレーションなど、さまざまな分野の高度な科学技術が求められます。私は工学的な観点に立脚し、生産に関わるサイエンスとして、プロダクションサイエンスという言葉を提唱してきました」(大政教授)。
大政教授は、生産性向上のカギとなる従来の培養を改良する地道なアプローチ研究を徹底的に進めている。大政教授が考えるCHO細胞プロセスの問題点は、①長期間にわたる細胞構築、②得られる細胞の性能もバラバラなため選抜が必要、③試行錯誤の培養条件と培養方法設定、④細胞株によって異なる最適条件など、株構築・培養プロセスがネックになっていることだという(図※)。そこで、セルエンジニアリング技術により転写プロセス、翻訳プロセス、翻訳後プロセスの3つの細胞内反応プロセスを全体としてとらえて最適化し、生産性向上を図ることに成功した。※大政健史,生物工学会誌,91, 507 (2013).
■根本原因を知るための研究が不足している
設計図通りに動作する、と同じことをバイオの分野でも実現するために
「私の研究室では、単に生産性を上げることだけに注力しているわけではありません。今日1g/Lの生産濃度を、明日10g/Lにアップさせるという研究は企業が進めるべきです。とはいえ、学生はわかりやすい研究として生産性アップの研究をやりたがります。発現ベクターを構築し、CHO細胞にトランスフェクションしただけでは、生産性の高いものから低いものまで、さまざまなレベルの発現株が構築されてしまいます。われわれは、なぜ設計通りにならないのか、というメカニズムを解明することを追究しています。なぜ?の解答である『応用の基礎』ができていない状態を放置していてはダメです。例えば、家を建てるとします。何棟も建設してきちんと建った家と、建たなかった家があったとき、なんでうまく建たないのかわからないけれど、きちんと建っている家があればいいや、うまく建たなかった家は壊せばいいや、という考え方はおかしいですよね。やはり、エンジニアリングサイエンス、プロダクションサイエンスにフォーカスして追究する必要があります」と大政教授は説明する。
■細胞のダイナミックな動きをリアルにとらえる
メンテナンスが簡単で少ないサンプル量で細胞の環境状態を把握できる「BioProfile FLEX2」
大政教授は、CHO細胞のプロセス解明の一環として代謝解析、培地成分状況を把握するために、ノバ・バイオメディカルのセンサーカード式細胞培養環境自動分析装置「BioProfile FLEX2」を用いて、培地の状態確認に使用しているという。
「環境因子、培養の状態で生産性が変化します。その変化時に細胞がどのような状況になっているか、例えば細胞の生存率が60%だったとして、そのとき細胞が増殖しているのか、死んでいく過程なのかは重要な情報です。状態経過と時間経過を把握するツールは非常に重要です。FLEX2は、MicroSensorカードで測定できることが大きなメリットです。過去にあった培地成分の分析装置は、電極式でメンテナンスにも手間がかかりましたが、FLEX2はセンサーカード式で交換もワンタッチで簡単、時間もかかりません。FLEX2は、必要サンプル量も微量なので、さまざまな実験条件をふりたい場合やサンプル量が限られている場合でも、少量で多くの項目を測定ができることも研究効率アップにつながっています」(大政教授)。
MicroSensorカードは、MEMS(メムス)と呼ばれる機械分野の微細加工技術を応用したMicroTASを用いて、ガラス基板上に微細な流路を形成した特殊なデバイス。化学ガスバイオセンサーがクレジットカードサイズのカードに結合され、カード内の酵素膜が電気信号でグルコースや合計細胞密度、生存細胞密度、生存率、細胞直径、浸透圧など最大16項目の同時測定を行う。大政教授の研究室では、バイオ医薬品の連続生産にも積極的に取り組んでいるが、そこでも培地成分の分析が活かされている。
■連続生産の実現に向けた大型プロジェクトで
次世代のバイオ医薬品製造技術研究基盤の確立を目指
大政教授の活躍の場は大学だけではない。大政教授は、わが国のバイオ医薬品製造にかかわる企業や大学、公的研究機関の研究開発力を集結することを目的に、AMEDのバイオ医薬品の高度製造技術開発プロジェクトで2018~2020年の3年間、バイオ医薬品の連続生産研究も牽引してきた。現在は、同じくAMEDのプロジェクトとして2021~2025年度の「国際競争力のある次世代抗体医薬品製造技術」を統括するなど、わが国のバイオ医薬品の実用化を先導している。
「大学で、動物細胞を用いてバイオ医薬品の連続生産研究に取り組んでいるところはほぼないと思います。細胞培養は時間経過とともに反応が進みますので、リアルタイムでデータをみて、考え、オンラインでコントロールするためにもPAT技術が必要です。時間経過とともに環境因子が変わるので、そこをキャッチする。変化がないならPAT技術は不要です。そういう意味でも少量でオンラインも可能な培地成分の分析は活躍してくれています」と、大政教授は連続生産の実現に向けての意欲も示す。
次世代バイオ医薬品生産に向けて邁進し続ける大政教授。世界に先駆けてロバストなプロセスを実現した連続生産の実用化、そしてプロジェクトからオールジャパンの成果を打ち出されることに大いなる期待が寄せられている。
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