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PFS 製剤の大量生産拠点「蔵王第二工場」が竣工
現場発想を取り入れた工場設計で安定供給を強化
コーアイセイ

2026年10月に創立70周年を迎えたコーアイセイ。新たな成長を支える「蔵王第二工場」が6月に竣工し、早期稼働に向けた準備を進めている。同社は、少量多品種生産を担う既存の蔵王第一工場に加え、プレフィルドシリンジ(PFS)製剤の大量生産を担う第二工場を新設することで、安定供給体制の強化とCDMO事業のさらなる拡大を図る。
本稿では、新工場の狙いと今後の事業展開、山形に根差す企業としての展望を代表取締役社長の広野敏博氏に聞いた。
■安定供給を支える第二工場
蔵王第二工場建設の背景にあるのは、同社が強みとするPFS製剤の需要拡大だ。既存の蔵王第一工場では、PFS製剤に加えてバイアル液剤、バイアル凍結乾燥製剤などを製造し、少量多品種生産に対応してきた一方、主力の透析領域を中心にPFS製剤の需要が拡大。第一工場では増産を続けてきたものの、将来の需要まで見据えると新たな生産能力の確保が必要となっていた。
広野社長は、第二工場建設を決めた背景について、「今、医薬品メーカーに強く求められているのは、やはり安定供給責任。自社製品の需要予測や受託生産品の将来数量見込みも踏まえて、第二工場建設を総合的に検討してきた」と振り返る。
第一工場で少量多品種に対応する一方、新工場では品目を絞って大量生産する。その役割を明確に分けることが、第二工場の基本構想となった。「第一工場だけで対応するのではなく、将来の需要予測も含めて経営判断をした。必要とされる数量をきちんと供給できる体制をつくらなければならない。そのための新工場だ」と広野社長は話す。
第二工場は、年間1,200万本のPFS製剤の生産能力を基本とし、最大120Lの調製設備、充填設備、検査・包装設備などを整備。さらに、需要に応じて稼働日や作業時間を拡大するとともに、人員体制を強化することで、年間1,600万本まで生産量を引き上げることも計画している。
広野社長は、1,200万本を前提に設備を設計した上で、「第一工場でやっているように、稼働日や作業時間を増やすことで、生産量をさらに引き上げたい」という考えを示した。大量生産を前提としながら、高薬理活性製剤を扱うための品質確保や封じ込めにも配慮した生産拠点となっており、同社が掲げる安定供給責任を生産面から支えるのが第二工場となる。
■「エンジニアリング会社に丸投げしない」
現場の考えを設計に反映
第二工場を実際に歩くと単に最新設備を集めた工場ではなく、製造に携わる現場の経験が設備選定やレイアウトに反映されていることがわかる。
「この工場の設計思想で特長的なのは、エンジニアリング会社に丸投げせず、工場で働いているメンバーの考えを取り入れていることが最大の特長」と広野社長が説明するように、専門家の助言も得ながら、第一工場で製造設備を扱ってきた社員の考えを新工場の設計などに反映したという。その考え方は設備選定にも表れている。一部の主要設備については第一工場と同じメーカー製品を採用し、操作方法やインターフェースなどを可能な範囲で共通化した。これにより、第一工場で教育訓練を受けた設備に習熟した作業者が、その経験を生かしやすい環境を整えた。設備を新しくする一方で、これまで蓄積してきた人材と技術を新工場へつなぎ、立ち上げや教育の効率化を図る考えだ。
また、製造動線にも配慮がされており、主要な製造工程を1階に集約することで、工程間の移動を効率化した。「平面にしてスピードを速くするという考えの下に設計した。製造から検査・包装まで、フラットな空間の中で工程が進み、最後に製品として出荷される無駄のない導線を確保した」(広野社長)。生産能力だけではなく、そこで働く人の動きまで考えた抜かれた工場設計が、生産性と安定供給を下支えすると言える。
■第一工場から第二工場へ
開発から大量生産までつなぐCDMO体制
第二工場は、自社製品の安定供給だけでなく、同社が注力するCDMO事業でも大きな役割を担う。第一工場では、少量多品種という特性を生かし、処方検討や試作、治験薬製造など開発段階からの案件に柔軟に対応できる一方、製品が商用化され、生産数量が増えれば第二工場で大量生産する。このように両工場を組み合わせることで、開発初期から商用生産までを一貫して支援できる体制が一層強化される。
「少量で治験薬や試作をするのであれば第一工場で対応でき、それが育って数量が増えれば、第二工場で大量生産していくという枠組み。第一、第二工場がそろって初めて、われわれの企業戦略は成り立つ」と広野社長は説明する。
2つの工場は、単なる生産能力の足し算ではない。少量多品種に柔軟に対応する第一工場と大量生産に特化する第二工場。それぞれの特長を生かし、顧客の開発ステージや生産数量に応じて製造拠点を使い分けられることが、同社のCDMO としての強みとなる。
また、高薬理活性注射剤を強みとして、開発初期から商用生産までを一貫して支援するCDMO 事業を展開しているが、第二工場の稼働によって、大量生産まで含めた対応力がさらに高まることになる。
同社では、需要が増えてから人材を確保するのではなく、計画に沿って段階的に採用を進め、第一工場などで教育した上で第二工場へ配置する想定をしているという。市場および顧客から求められる数量を確実に供給できるよう、設備、人材、教育を一体で整え、安定供給責任を果たす考えだ。


■「山形にイセイあり」
地域とともに次の70年へ
同社の前身である山形県医師製薬株式会社は1956年に設立され、山形を拠点に医薬品をつくり続けてきた歴史があり、現在の経営にも受け継がれている。
広野社長は「われわれは山形県でずっと事業を営んできた。本社機能を他の地域へ移すのではなく、今後も山形県の人たちと一緒に品質をつくり込んでいきたい。第二工場への投資も生産能力増強だけでなく、地域で雇用を生み、人材を育てるという意味を持つ。目指すのは、医薬品製造を山形の産業としてさらに育てていくことだ。地場産業として成長して、雇用を促進し、その流れの中で医薬品を供給し続けていく」と語り、経営の根本にある思想と地域とともに成長する姿勢を示した。
「山形にイセイあり」―。そう認知される存在へと成長していくことは70 年間、この地で医薬品づくりを続けてきた同社の次の目標とも重なる。
「会社が出発した時から“医薬品が必要な人を誰一人取り残さない”という考えでやってきた。70 年続けてこられたからこそ、これからも県民の皆さんと一緒に歩みながら、品質をつくり込み、雇用を生み、医薬品を供給していきたい」と広野社長は未来を見据えて話を終えた。
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